真鍋 達男さん
1982年夏、3度目の挑戦にして甲子園で初優勝を果たした徳島県立池田高校。名将・蔦文也監督率いる「やまびこ打線」の名が全国に轟いた。阿波池田駅前でスポーツショップを営む野球部OBの真鍋達男さんに、当時の思い出を伺った。
甲子園優勝の瞬間? 僕は控え選手だったのでスタンドにいたんですが、とにかくうれしかった記憶があります。野球部での日々はとにかく朝から晩まで練習漬け。しんどかったし、何度も「辞めようかな」と思った。でもそうしなかったのは、一緒に頑張った仲間がいたから。大人になってから何か辛いことがあっても、あの練習を思い出せば勇気に変えられたし、乗り越えられた。多分、チームのみんな、同じなんじゃないかな。
蔦監督の記憶といえば、とにかく「怖かった」ということ(笑)。鉄拳制裁ももらいましたが、それは野球のミスではなく「野球部員としてふさわしくない行動」をとったとき。礼儀を守ることの大切さを教育してもらえたことは、財産です。今僕はOBとして、スポーツショップとして、現役部員を支え、応援する立場です。現在の野球部の監督も、やはり蔦監督の指導を受けたOB。熱い気持ちと信念はこの町に今も受け継がれています。
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池田球場
自分が現役部員のときにできた場所です。池田高校のサブグラウンドみたいな場所だったので、たくさん試合もしました。
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池田高校の階段
学校に行くまでにある100段以上の階段を、練習で何度も走らされました。今でもときどき体を動かしたいときに、朝歩いたりします。
※徳島県立池田高等学校
秘境の豊かな自然を
ロードバイクで
駆け抜けよう!
今はロードバイクにハマっている真鍋さんも、毎年参加しているというロードレース「ツールドにし阿波」。毎年5月に開催され、祖谷地区をはじめとした山あいをサイクリストたちが駆け抜けます。詳しくは公式HPをチェック!